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万博記念公園桜まつりとEXPO70パビリオン [大阪]

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今年は気付いたら桜の季節になっていて、一気に開花した気がします。

かなり寒い日が多かったので、予想としてはもう1週間遅いかと思っていました。


大阪にある万博記念公園も一気に桜の海の中に沈みました。

太陽の塔の周辺だけでなく、東側の桜並木は桜が満開で、多くの人で賑わっていました。

有料入場して来た人たちしかいないはずなのに、信じられないほどの人出です。


その桜の回廊の先にはEXPO70パビリオンがあります。

ここは旧称を鉄鋼館と言い、万博当時から恒久施設として建設されたものです。

内部では万博の記憶を展示しています。

ただの資料展示施設だと思っていたら、なんとホールが稼働しているのですね。

ホール自体は約50年の歳月を思わせる劣化が天井などに見て取れます。

しかし、実際に映像作品が投影されると全く古さを感じさせません。

作品は高橋悠治氏とイアニス・クセナキス氏の2作品が公開されていました。

これはいつもなのでしょうか。

武満徹氏の作品が見られなかったのが残念です。


しかし実に面白いですね。

現代音楽と光の投影による芸術なのですが、光だけではただのイルミネーションにしか感じられないものが、音楽が重ね合わされることによって生き物のように感じられますし、難解な音楽に、理解を超えた何らかの世界を想像させます。

もしかすると、それが万博時点での未来を意味したのかも知れません。

理解できないものという共通の認識の下、難解な音楽をただ未来だと誤認したのかも知れません。

しかし、当時は観客に何らかの未知な世界を見せていたのは間違いないでしょう。

それが今も体験できたことを、とても幸福に感じました。


万博から50年弱。

当時未来と考えられていた世界に我々はいます。

当時の予想は当たったのでしょうか。

未来は誤認だったのしょうか、それともまだ未来のままなのでしょうか。

既に大阪万博から50年が経とうとしていることに驚きさえ感じます。


大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」で、当時の宇宙開発の最先端の物品等の展示を見て、来訪者は未来を夢見て羨んだかもしれません。

しかし、今という時点から見れば、当時日本が、世界が、人々が万博を成功させようと一つになろうとしていた一体感に逆に羨ましさがあります。


大阪万博誘致に向けて太陽の塔の内部公開が始まりました。

2020年には東京オリンピックがあります。

いまいち、大きなイベントに皆が熱意を持っているとは感じられないような気がします。

そんな、モヤモヤを忘れさせるような、素晴らしい桜の木々でした。

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万博記念公園桜まつり

~4/15 9:30~20:30 250円

夜間はライトアップもあります。

また、期間中隣接するEXPOCITYと連携した特典もあります。


EXPO70パビリオン

10:00~16:30 常設展200円

現在は企画展の「The Legacy of EXPO70 Ⅱ Rebirth 太陽の塔再生」が開催されています。

図面や改修の際に出た廃品などの展示です。(~7/3 常設展との共通券は500円)


最寄り駅は大阪モノレールの万博記念公園駅です。

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由義寺跡 パネル展も [大阪]

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何もない殺風景な空き地に見えますが、実はここはつい先日国指定史跡へ答申された由緒ある遺跡です。

それは、「由義寺跡」です。


と言っても何のことか分からない人の方が多いでしょう。

奈良時代に称徳天皇に取り入って出世したものの、後に下野国に下向させられてしまった道鏡の本拠地と言うと分かるでしょうか。

道鏡は天皇の位を狙っていたのではないかとも噂される僧ですね。

天皇家に近づけるくらいの人ですから、もともと相当の身分の人で、弓削氏の出だと言われています。

現在の八尾市の東の丘陵地帯が弓削一族の本拠地であり、今回発掘調査により当時の塔の基壇跡が発見されました。

分かりにくいですが、写真中では赤いカラーコーンで塔の四隅が示されています。


称徳天皇に気に入られ、この弓削の地には西京が造営されました。

また、「弓削(ゆげ)」の名前を縁起の良い漢字を用いた「由義」に表記を改めました。

そのため、ここに作られた寺院は「由義寺」だったのです。

この由義寺の塔は巨大な七重塔だったと言われています。

しかし栄華もほんの一瞬で、称徳天皇の崩御とともに道鏡は失脚し、由義寺や西京も歴史の表舞台から消え去りました。

そしてその結果、現在ではどこにあったのか、場所も分からなくなっていたのです。


恐らく、周辺も発掘すれば様々なことが分かってくるでしょう。

直ぐにという訳にはいきませんが、近い将来、由義寺の実態がわかるかも知れません。


なお、アリオ八尾では「由義寺跡 国史跡指定答申記念パネル展」が行われています。

今は埋め戻されてしまった遺跡の様子や出土品の情報などを簡単に示しています。

せっかくのショッピングモールでの公開ですが、見ている人はいませんでした。

正直なところ、物置のような配置だったので存在自体に気づいている人は少ないでしょう。

この遺跡が街の誇りとなるかどうかは、興味があるかどうかに依存すると思うので、万人受けを期待するのは難しいでしょうね。


・由義寺跡 国史跡指定答申記念パネル展

~1/18 公開時間はアリオ八尾の開館時間に準じます。 無料

最寄り駅は近鉄大阪線の近鉄八尾駅です。


・由義寺跡(遺跡)

最寄り駅はJR大和路線の志紀駅です。


上記2つを繋ぐ縦の路線がないため、移動に難渋するのが困りどころです。

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いばらき竹灯籠 [大阪]

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神戸ではルミナリエが始まり、京都では嵐山花灯路が行われるなど各地で大規模なイルミネーションイベントが沢山行われています。

それに比べれば、茨木市の「いばらき竹灯籠」は規模に劣るかもしれません。

しかしながら、発想の妙と地域密着型イベントとしては一目置ける存在かと思います。


「いばらき竹灯籠」はその名の通り、竹をテーマにしたイベントです。

茨木市の総持寺の境内には無数の竹が並べられ、その一つ一つに明かりが灯されています。

その数もものすごいのですが、何よりもその一つ一つに電球ではなく蝋燭が灯されていることが驚きました。

本物の炎のゆらぎは電球では再現できません。

写真のように階段に灯った竹が並び、日本庭園にも竹が並べられ、仄かな明かりを提供しています。


そしてまた、頭の上にはスカイランタンという風船の明かりも飛んでいました。

このランタンの内部は電球なのか蝋燭なのかは分かりませんでしたが、多数のランタンが上がっている様子は遠くから見ると異様な光景でした。

しかも、不自然なことにある高さまで行くとそれ以上飛んで行かない。

見えない力の釣り合いがうまいこと働いているのが不思議に思っていたのですが、実際に近づくとその謎は解けました。

全てのランタンには紐と重りがついていて、飛んでいかないようにしてあったのです・

台湾のランタンフェスティバルなんかはそのまま空高く飛んでいってしまうことを思えば、住宅街で行うにあたっての工夫ですね。

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境内ではコンサートが開催されていました。

折しも、この日は日本列島に寒波が襲った日でした。

境内は冷え込み、コンサートをしているのですが、どこかシンとした静けさを常に纏っているようでした。

このような感覚をどこかで感じたことがあると思ったのですが、ちょうど除夜の鐘から初詣にかけての冬の夜に神社仏閣を参拝していたときに近い印象でした。

冬の夜の寺などに行くことはまず無いですからね。



総持寺の駅を降りたときにはあまりに人がおらず、イベントをやっている雰囲気もなかったため何らかの問題で中止になったのかと焦りました。

しかし、そもそも地域向けのイベントとして外から人は来ないのかもしれません。

このような状況ですが、将来的には人で溢れるイベントに化ける可能性も十分あります。

なぜなら、まさに今年の流行語大賞にも選ばれた「インスタ映え」する美しいイベントだからです。

今後末永く続くことを期待します。



実は、この「いばらき竹灯籠」を見に行った話には続きがありまして、「確か第2会場が河川敷公園にあったな・・・」と思い、公園に行くと真っ暗で誰もいません。

会場を間違ったのかと思い、辺りを探したのですが、結局見つからず仕舞いでした。

足が棒のようになり、何とかバス停から阪急バスに乗って駅に戻りましたが、後々調べてみると、なんと去年はあった第2会場が今年は開設されていませんでした。

道理で誰も居ないはずです。

よく調べずに探し回り、まさに無駄骨を折ってしまいました。



いばらき竹灯籠

12/9(2017年実績) 16:00~20:00頃

最寄り駅は阪急京都線の総持寺駅です。

近い将来JRの総持寺駅ができるらしく、そうなれば最寄りはその新駅になります。

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LIXILギャラリー 鉄道遺構再発見 [大阪]

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大阪梅田の再開発で大阪駅周辺はとてもおしゃれな街に生まれ変わりました。

以前は、駅より南は地下道が充実していましたが、北側は貨物ヤードがあり殺風景でした。 

それがヨドバシカメラができたのを皮切りに、いまや大阪駅直結の伊勢丹やグランフロントなど巨大ビルが乱立しています。

まさしく雨後の竹の子のごとく、あっという間の変化です。

グランフロントは巨大なビルであり、地下の展示場スペースから商業エリア、ビジネスエリアと他用途のものが集まっています。

駅も近いですし、仕事にも買い物にも便利ですね。

そんなグランフロントの一室のLIXILギャラリーで、小さな鉄道展が開催されています。

 

なぜLIXILがこのテーマについて特集しているのか分かりませんが、展示のテーマは「鉄道遺構」です。

これは何らかの理由で廃線などになってしまった鉄道施設の今を紹介しているものです。

北海道から九州までの多くの鉄道についてパネルで紹介していますが、特に多いのが橋梁に関する展示でした。

明治時代に鉄道敷設が進んで以来、さまざまな形の橋が架けられてきました。

面白いのは、そうした橋が用途を終えたとき、別な土地の橋として再利用するすることが多いのです。

最近でも横浜の方で鉄道の橋が道路の橋として再利用されたそうです。

 

今回の展示の中心の一つは高知県にあった「魚梁瀬森林鉄道」 です。

読むのさえ難解なこの鉄道は高知県東部の中芸地区にあった森林鉄道で、山の中の木を切り出し麓へと運んでくることを目的として建設されました(読みは“やなせ しんりんてつどう”)。 

しかし廃線となってしまい、今では当時をしのぶ鉄道施設がそのまま残されています。

最近ではそうした遺構が地域興しのツールとして利用されています。

かなり入り組んだ路線を持った森林鉄道だったようですが、今回の展示に行くまで全く存在を知りませんでした。

実際に中芸地区に住んでいる人も似たようなものかも知れず、数年前には当時の線路が「発見」され森林鉄道が予想以上に長い路線を持っていたなんてことが分かったようです。

たかが50年程度前の話にもかかわらず、記録にも記憶にも残っていないとは、驚きます。

こうしたつい最近の遺物も既に考古学なんですね。

今回の展示で「産業考古学」などという分野があることも初めて知りました。

思いの外、歴史は早く埋もれてしまうようです。

 

グランフロントにあるLIXILギャラリーですが、ビジネスエリア内にあります。

訪問には商業施設用のエレベーターとは別にビジネスエリア用のエレベーターを乗り継がなければなりません。

ビジネスエリアは商業エリアの喧噪は全く聞こえず別世界でした。

このような機会でもなければ行くこともないでしょうから貴重な体験でした。

 

LIXILギャラリー 鉄道遺構再発見

~8/18(水休、8/12~16盆休) 10:00~17:00 無料

最寄り駅は東海道線の大阪駅などです。


清学院 in 堺 [大阪]

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堺市の北部は道は狭いものの比較的昔の街並みが残っているようで風情を感じます。

鉄砲生産の名残なのかは分かりませんが、金属工場や刃物製作所なども多く見られました。

そんな街並みの中に清学院はあります。

周辺の中で一際古さを感じさせるこの建物は江戸時代後期に建てられ、現在は国の登録有形文化財に指定されています。 

ここはかつて寺院かつ寺子屋だったところで、河口慧海が学んだ場所として知られています。

そもそも河口慧海という人は明治時代後期にチベットへ仏教の教典を求めて旅をした人で、初めて日本に詳細にチベットの様子を紹介しただけでなく、チベットに医学を伝えたなどの功績が語り継がれています。

しかしながら、生まれついてのお坊さんというわけではなく、桶や樽を造る仕事を生業とする家の出でした。

成長して学問に目覚めるのですが、その資質は幼少の頃に通ったこの清学院にあるのかも知れません。

 

現在建物の中には当時の子供が学んだときの様子が公開されており、年季の入った机が並んでいます。

決して広い訳ではないその空間では、今の学生より熱心な子供が集まっていたのかも知れません。

隣の部屋には不動明王が納められている厨子のある不動堂がありますが、訪れた日には公開されていませんでした。

特別公開などのときに御開帳されるそうです。

 

清学院の近くには河口慧海の生誕地の碑もあります。

しかしながら、住宅街の家と家の間に小さく存在しているため見落としやすく、だいぶ進んだ後に戻る羽目にもなります。

また挑戦的な事績のある河口慧海を町を挙げて推しているのが感じられ、最寄りの七道駅にも河口慧海の銅像が造られています。

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今の時代にも、学問を進んで修めようとする心や未踏の地に向かおうとする志は見習いたいものであると感じます。 

 

清学院

10:00~15:45(火休) 100円

最寄り駅は南海電車南海線の七道駅です。


服部天神 [大阪]

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阪急電車は4カ所の駅名の変更を発表しました。

近隣の観光資源を明確に駅名表示することにより利便性を高めることが目的とされ、三宮駅は阪急三宮駅へ、中山駅は中山観音駅へ、松尾駅は松尾大社駅へ、そして服部駅は服部天神駅へ改称されます。

松尾大社や中山観音はともかく服部天神とは耳にしたことがありません。

はたしてどのようなものなのかと地図を開いてみたところ確かにありました、服部天神。

住宅街に埋もれて敷地は広くはありませんが、駅からすぐの所に鎮座しています。

 

実際に訪れたところ由緒ある神社のようでした。

平安時代に太宰府に左遷されることになった菅原道真がこの地に来たときに足の痛みで歩くことができなくなってしまいました。

そこで社に回復を願ったところ、足が癒えて九州に向かうことができるようになったという言い伝えがあります。

このことから後に菅原道真が祭神として祀られるようになり天神社となりました。

また、足に御利益があるということからサッカー選手などの祈祷も行っているようです。

この地は菅原道真以前から神社としてあがめられてきたようです。

菅原道真と同様に太宰府へ左遷された藤原魚名はこの地で亡くなったと伝わりますし、服部という名前からこの地が渡来人の秦氏と深い関係にある地であることを思わせます。

確かに由緒ある神社ですね。

 

境内の説明によれば阪急電車が開通するときには服部天神に近い場所を通るようにわざわざ路線を曲げたとの話がありました。

当時は重要な施設としての認識が今よりもあったのでしょう。

そしてまた開業当初の駅名が「服部天神」だったことも書いてありました。

どういう経緯で「服部」駅になったのかは分かりませんが、結局の所今回の改称は当初の駅名に戻すだけのことのようです。

駅名改称で一番意外に感じた駅でしたが、一番当然の改称をする駅のようです。

改称により服部天神の認知がさらに高まり、街がより発展することが期待されます。

 

服部天神宮

最寄り駅は阪急宝塚線の服部(服部天神) 駅です。


今城塚古墳 [大阪]

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天皇陵に指定されている古墳は基本的に発掘調査ができません。 

しかしながら、その指定自体が怪しいものであり、指定から漏れたものがいくつかあるのではないかと考えられています。

高槻市にある今城塚古墳もそのようなものの一つで継体天皇陵ではないかと言われています。

そんな今城塚古墳の発掘調査が進み、様々な調査結果が隣接する今城塚古代歴史館で公開されています。

確かにたくさんの巨大な埴輪を見るとかなりの高貴な人物の埋葬された古墳であることが想像されます。

 

この古墳の目玉は周囲の一部に整備された埴輪の一群です。

円筒埴輪が囲むだけでなく、祭祀場と考えられる場所には当時の埴輪の並べられた様子が再現されています。

馬や家だけでなく鳥や牛もあります。

力士なんかもあり、相撲の歴史の古さを感じさせます。

それらが整然と並んでいる様子はとても圧巻です。

できたての古墳はこのように様々な埴輪で飾り立てられていたことでしょう。

そうした、異質な空間を作り上げることも権威の象徴だったのかも知れません。

あまりの精巧さと物言わぬ埴輪の存在感に興奮と畏怖を感じました。

夜になると2,3体動き出すのではないでしょうか。

 

さて、この古墳は今でこそ堀が埋まり墳丘の形もいびつなものとなっていますが、 これは安土桃山時代に起きた地震のせいだとのことです。

それまで古墳として残っていたものが地震で墳丘が崩れ、堀を埋めてしまったそうです。

人造物で幾分脆かったにせよ古墳が崩れるほどとは地震の力は怖ろしいですね[ふらふら]。 

次がいつ来るか分かりませんが、築造されたのが6世紀で安土桃山時代が16世紀であることを考えると、あと500年くらいは地震は大丈夫でしょう。 

結局のところ本当に継体陵なのでしょうか。 

現在指定されている継体陵は茨木市の太田茶臼山古墳です。

 

今城塚古墳

最寄りバス停は高槻市営バスの今城塚古墳前です。

今城塚古代歴史館 

10:00~16:30(月休) 無料 


プリンセス トヨトミ [大阪]

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万城目学の映画最新作「プリンセス トヨトミ」を観てきました[映画]

鴨川ホルモーから2年、今度の舞台は大阪です。

スケールの大きい話であり、なかなか面白いストーリーです。

あいかわらず地方の映画館は人が少なく一列貸し切りでした。

ゆっくり観られていいのですが…

 

 さて、内容ですが、こちらも相変わらず「鴨川ホルモー」のときと感想が変わりません。

せっかくの緻密で盛りだくさんの内容が2時間の公開時間には収まりきっていません。

ストーリーが急ぎすぎ、かつ強引でもあります。

堤真一、綾瀬はるかのキャスティングはいいのですが、岡田将生は少しイメージと離れた気がします。

また、映像としてもなんだか全体を通して暗く、とてもざわざわしています。

自然な日常を描きたいのかもしれないのですが、主要キャスト以外の人間が画面内で動きすぎていて視点があちこち飛んでしまい目が疲れます。

テレビドラマの「鹿男あおによし」がよかっただけに、またも残念でなりません。

むしろ、テレビドラマの方が丁寧に世界観が描かれるのかもしれません。

しかし、逆に世界観が大きいからこそコストも大きくなってしまい、無料視聴のテレビではなく有償の映画が選ばれるのかもしれません。

なかなか兼ね合いの難しいところです。

余談ですが、関西テレビの山本アナが真面目にニュースを読むアナウンサーとして出演してました。

 

原作の「プリンセ・ストヨトミ」という作品はとても良い作品です。

会計検査院の職務の特色をついて最終的には日本国首相とも絡む。

ただのドタバタ活劇と思わせながら最終的には哀しさをもって話を収める。

映画では伝えきれていない面白さが多々存在します。

是非活字で読むことをお勧めします。


適塾跡 [大阪]

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今期のドラマ「JIN」が高視聴率を取っています[病院]

江戸時代に現代の医者がタイムスリップして繰り広げる出来事にハラハラしながら見ていますが、その中キーパースンの一人として武田鉄也扮する緒方洪庵が出てきます。

劇中では結核のために既に亡くなっていますが、その人徳たるや時代を動かすものを感じます。

 

さて、その緒方洪庵が大阪で医者をしていた時期の屋敷が適塾跡です。

現在は日本生命を始めとしたビルの乱立する中にひっそりと立っています。

多少、改修されてしまっているとのことですが、昔の雰囲気を感じました。

特に階段などは今までに見たことがないくらい急なもので、当時のものを表わしているそうです。

さて、この適塾では大村益次郎、橋本佐内などの著名人も学びました。

塾内に一つしかない辞書をみんなで取り合って蘭学のテキストを日本語に訳したそうです。

そのような激しい勉強の姿勢を見習いたいものです。

また適塾には青森県を除く全国各地から学び学生が集まったそうです。

様々な土地から集まったのはすごいことですが、では青森県の立場は・・・

 

緒方洪庵は幕府に召され適塾を去り、その後ほどなくしてこの世を去りました。

 

ちょうど御堂筋のイチョウも綺麗に色づいていました。

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最寄り駅は京阪電車・大阪市営地下鉄の淀屋橋駅です。

月休 10:00~16:00 一般250円 学生130円

 


能勢妙見山 [大阪]

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大阪の北の外れにある妙見山は長閑な風景に囲まれています。

特に今は紅葉も終わり、冬へと季節が移ろう時期であるためひっそりとしていました。

妙見山へは梅田から、阪急電車(川西能勢口)~能勢電鉄(妙見口)~妙見ケーブル~妙見リフト と長い行程を行かなければなりません。

特に、ケーブルはともかく、拝観にリフトに乗っていくと言うのは非常に稀有な体験でした。

 

山上には巨大な建造物である「星嶺」というものがあります。

光り輝くそれを見てしまうと、どこかの新興宗教かとさえ思ってしまうほどのインパクトがありましたが、ここはれっきとした眞如寺という日蓮宗の寺院です。

山門をくぐると山の北側には様々なお堂があります。

本堂も北向きに建っています。

なぜここまで北にこだわっているのかと言うと、おそらく祀っている妙見菩薩が北極星に関係する仏様であるからと考えられます。

訪れた日は丁度寒波到来の日で最低気温-7℃、最高気温3℃でした[クリア]

 

ほかにも面白いところが盛りだくさんです。

上記写真にあるように入り口には鳥居があるのですが額の中にはきちんと妙見菩薩と書かれています。

神仏混交の極みです。

山門の前にはコイン望遠鏡備え付けの展望台が完備されています。

また、山門の下には県境があり、上記鳥居は兵庫県、本堂は大阪府になります。

 

冬季期間中、山上に向かうためのケーブル・リフトは運休になります。

再開は3/20~ (ただし1/1~4、1/24,2/11は行事等のために特別運行されます。)

ケーブル往復540円 リフト往復480円