打倒コロナ おばこアマビエ [秋田]
八森城址 [秋田]
安土桃山時代に豊臣秀吉の家臣として活躍した生駒氏は真田氏と同様に東西に別れることで関ヶ原を生き延び、秀吉死後も大名として存続していました。
しかしながら、江戸時代に入ると藩主が無能だったらしく改易の憂き目にあい、四国高松の地を召し上げられ出羽の矢島に流されました。
その後、大名ではなく交替寄合として幕末まで続いたとのことです。
そんな矢島の地は現在由利本荘市となっています。
羽後本荘駅から由利高原鉄道に乗ると終点が矢島駅になります。
鉄道の終点になっているのは名家の本拠地だからなのかなどと空想しながら30分強もすれば到着します。
乗客はとても少なく、鉄道を維持するのもさぞ大変であろうと思いましたが、その車両は窓が埃一つないほどに磨き上げられていてどこよりも丁寧に掃除されていました。
運行している人、使う人それぞれに愛着があることを感じさせます。
特に、乗り換える前のJRの特急の窓が埃まみれで車窓がいまいちだっただけに、そのギャップを痛切に感じました。
八森城は矢島駅を降りると直ぐ目の前の山に作られています。
現在は小学校となり、門の周辺だけ整備されて城跡の様相を呈しています。
その説明書きによれば、幕末の維新戦争においても激戦の地になったらしく、名残があるようです。
この辺りの地形はかなり変わっています。
小さなグランドキャニオンのように山のような急斜面を上るとそこには平らな台地が広がっています。
面積の広い棚田が広がっていると考えても良いかもしれません。
崖際に見える寺などにとても面白い様子を感じました。
冬の矢島はきっとたくさんの雪が降るでしょう。
関東に大雨を降らせている梅雨前線はまだ秋田には到達せず、初夏は散策には良い季節でした。