足尾鐵道100周年記念資料展 [群馬]
足尾鐵道とは今のわたらせ渓谷鉄道のことです。
これが2014年に全線開業100周年を迎えました。
そこで関連する資料を展示した企画がこのイベントです。
会場では資料展示の他に模型の展示・走行も行われていました。
貴重な絹地の特別乗車券や写真パネルなど足尾鐵道からわたらせ渓谷鉄道に至る様々な歴史資料も公開されていました。
また、足尾鐵道開業時の公文書はなかなか目にすることはないのではないでしょうか。
それを見ると、免許の第1条には政府が必要と認めたときは国有化すると書かれています。
その文章が表す通り、開業から4年目にして国が買い取り国鉄足尾線となるわけですが、買収前提で免許交付が行われていたのか、未来を予測する力があったのか興味深いところです。
また、開業に先立ち岸氏と本間氏の二人の技術者による二つの経路の提案があったことも示されています。
もし違う選択をしていたら、今とは違う経路で桐生へ線路が出来ていたのかも知れません。
小さな会場の小さな展示で内容も不完全な物でしたが、まだ伸び代がある調査領域で今後より一層の進展が見込める所であると感じます。
もっとも、レイアウトはもう少し整理した方が見やすいかも知れませんが。
会場でわたらせ渓谷鉄道の“神戸駅”の名前が昔は“神土駅” であり、そちらの方が良かったとおっしゃている方がおりましたが、表記としては“神戸駅”の方が正しいのですから、この変更は仕方がありませんね。
ちなみにこの駅の読みは「ごうど」駅です。
足尾鐵道100周年記念資料展
~2/8 10:00~17:00 無料
最寄り駅(展示会場)は 両毛線の桐生駅です。
群馬県立館林美術館 山口晃展 画業ほぼ総覧-お絵描きから現在まで [群馬]
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
現代アート作家として著名な山口晃氏の総合展が群馬県立館林美術館で開催されています。
これまでの作品を幼少期から近年の作品まで網羅的に見ることのできる貴重な機会です。
山口晃氏の作品は現代の洛中洛外図屏風とも言われるように、成功で緻密な作品かつ現代とは並行世界を行くような和テイストの近代文明を描くことで知られています。
今回の企画でもそれらの作品は展示されていますが、それだけでなく「澱エンナーレ」と題した思考実験の作品群も展示されています。
一部体験型もあり、見所の多い作品展です。
特に今回の作品は題名の通り山口晃氏の画業の軌跡をたどることができるものです。
幼少期の作品も展示されていましたが、40年近く昔の子供の絵が保存されていたことに驚きます。
捨てられてしまわなかったことも運命なのでしょう。
高校時代の作品には既に緻密な画風の片鱗が見られます。
大学時代の卒業制作はいかにも山口晃という作品でありながら、絵にとどまらず、画中に絵画界への批判かつ哲学的な遣り取りを漫画として組み込んでしまう点も面白いところです。
山口晃氏の魅力は細密な画風とともに、その発想力にあると感じます。
だからこそ、「澱エンナーレ」という実験が成立するのでしょう。
今回の企画では過去をたどるだけでなく新作も公開されていて、上毛かるたのパロディーが作られていました。
山口晃氏は群馬県桐生市の出身ですが、氏も幼少期にこのかるたで遊んだのではないでしょうか。
群馬県民はクスリと笑い、他県民には理解が困難な作品となっています。
先日桐生市に訪れたときの話では観光テーマに困っているようでしたが、 山口晃美術館を造って街そのものも山口晃作品のようにデザインしたら面白いのではないでしょうか。
群馬県立館林美術館 山口晃展 画業ほぼ総覧-お絵描きから現在まで
~1/13(月休) 9:30~16:30 一般800円 大高生400円
最寄りバス停は広域公共路線バスの県立館林美術館前ですが、本数が極めて少ないのでご注意ください。
低速電動コミュニティバス MAYU [群馬]
群馬県は車の所有率で、全国で一、二を争う土地であると聞いたことがあります。
そのため車の研究も盛んなのでしょうか。
桐生市には群馬大学の理工学部がありますが、そこの先生が開発した電動のコミュニティバス「MAYU」が市内を走っています。
歴史ある建物群の中を走る近代的外観のバスは目立ちますね。
そもそも脱温暖化プロジェクトとして始まった取り組みで、電気で走ることで排ガスを抑制することができます。
タイヤは左右4つずつで計8個あり、全体として特異な形になっています。
定員は8名で先着8人が乗ることが可能です。
乗った日は外が寒かったため風除け代わりのフードがありがたかったのですが、夏場はフード無しでも風が気持ちいいかも知れませんね。
乗った感想としては、なかなか面白いものでした。
急な坂を登るのにしてもストレス無く進みました。
平坦な道でのスピードは出ませんが、急いで目的地に着くことを望むのでなければ、観光地への送迎などには応用可能と考えられます。
また、走行音ですが、若干床下からの音が気になりました。
使い込めばマシになるとの話でしたが、吸音仕様の床材の調整により何とかならないものでしょうか。
それでも、“楽しさ”という付加価値が付けられる環境では十分走らせることのできる乗り物であるように思います。
また1台あたり1000万くらいかかるらしく、あと少し出せば通常のバスが買えてしまうことを思うと、価格面ではハードルが高いようです。
科学技術は日進月歩ですから、今後に期待します。
低速電動コミュニティバス MAYU (定員8名)
運行:木金・・・観光周遊コース 一周40分 桐生駅前発 (10:00~15:30)
土日祝・・・周回コース 各区間15分 遊園地前、または有鄰館前に停留所 (12:00~16:00頃)
年内運行は12/27まで。新年は1/2から
新年にNHKで紹介されるそうなので乗るなら今です。
機関車の街 まちなかスタンプラリー [群馬]
現在JRと群馬県は群馬デスティネーションキャンペーンを開催しています。
群馬県内各地の観光地で様々な催しが開催されています。
期間は平成23年9月いっぱいです。
そんなわけで高崎市で行われている「機関車の街 まちなかスタンプラリー」を行ってきました。
これは、高崎市内19店舗で対象商品を購入するとスタンプを押してもらえ、それを3カ所分集めると記念品がもらえるというものです。
記念品は写真のような黒いだるまです。
これには3種類あって、それぞれ機関車に関する文字が入れてあります。
折しも、高崎市は先日復活したJRのSLのC61の車庫があり、これまでのD51とともに人気を呼んでいるようです。
C51はもともと伊勢崎の華蔵寺公園にあったものを復活させたのはこのブログの過去記事にも載せてありますね。
この2両に加えて上信電鉄にある黒い電気機関車(デキ)も仲間に入れ、全部で3種類の黒い機関車の走る街として高崎市は町おこしをしているようです(ちなみに上の写真はデキのバージョンのだるまです)。
チェックポイントは高崎市西口の店舗ばかりで、ほんの数時間あれば歩いて巡れます。
どの店舗も機関車にちなんだ商品を提供しており、スタンプラリーで無くとも楽しめると思います。
実際に19店舗の中の1つ、だんべえ本舗の「ぽっぽまんじゅう(¥105)」は川に炭が練り込んであり、少し黒ずんだ外観が特徴の饅頭で一風変わっているものです。
近所の人と見られる方も店頭で「これは何ですか?」と興味津々で聞いていたのが印象に残っています。
また、駅前のそば処 きのえねの店員さんが「うちのは(上信電鉄の)デキなんですよ」とうれしそうにスタンプを押してくれたのも印象的でした。
ちなみにこのスタンプも19店舗それぞれ特徴があり、一つとして同じものはありません。
押すときも曲がらないように気を遣って、中にはインクがくっつかないように拭き取ることまでしてくれたのには感服します。
このように、参加店舗がとても喜んで協力している感じが非常に評価の高いスタンプラリーでした。
そして達成すると必ずだるまが貰えるというのも新鮮でした。
きっと町の人の高崎市に対する愛情が多きいことが反映されているに違いありませんね。
機関車の街 高崎 まちなかスタンプラリー
~9/30
台紙は高崎駅構内の観光案内所にあります。
参加の際には店舗の営業日や営業時間にご注意ください。
群馬県立歴史博物館 関東戦国の大乱 [群馬]
戦国時代と言えば織田信長や豊臣秀吉、徳川家康のほか武田信玄、上杉謙信、毛利元就など有名な武将が沢山います。
その前の時代の室町時代と言えば、足利尊氏に始まり金閣の足利義満、応仁の乱の足利義政などが有名です。
ではその間をつなぐ時代には何があったのでしょうか。
特に関東の15世紀は余り注目される事が無く、室町時代と言えば応仁の乱に代表されるように京都での出来事に目が行きがちです。
室町時代の関東地方は鎌倉公方と関東管領が支配していましたが、両者が協力して支配をしていたのはわずかな期間でした。
上杉禅秀が鎌倉府に対して反乱を起こし、その後も鎌倉公方と関東管領は長い間対立を続けました。
今回群馬県立歴史博物館の展示が取り上げているのはこの時期の事です。
鎌倉公方と関東管領の対立では、もともと関東には鎌倉幕府の遺臣が多かった事や、そもそもの室町幕府本体の統治能力が弱かったことなど様々な遠因が考えられます。
鎌倉公方は足利尊氏の子孫にもかかわらず、中央(京都)に対して反乱を起こそうとしました。
一方の関東管領はバックに京都の足利将軍家があるなど、京都対鎌倉の構図でもあると言われています。
鎌倉公方足利成氏が関東管領上杉憲忠を暗殺したのが一連の戦(享徳の乱)始まりです。
将軍家の助勢を受けた上杉家が鎌倉に攻め入り、足利成氏は古河(茨城県古河市)へと拠点を移しました。
その後、旧利根川を挟み、上杉軍と足利軍は長い間東西で小競り合いを続けました。
そんな状態でしばらく一進一退を繰り返していると、なんと第3勢力が登場します。
関東管領の部下だった長尾景春が現在の埼玉県西部の鉢形城で挙兵し、足利勢と組んで上杉軍を挟撃したのです。
これにより上杉勢は窮地に立ちます。
しかし、そんな中救世主が登場します。
太田道灌です。
太田道灌の仲介により、 上杉軍と足利軍は和議を結び、停戦を受け入れました。
一方で、足利軍からの援護が受けられなくなった長尾景春の軍勢は瞬く間に打ち破られ、最後には秩父まで追い詰められました。
おそるべし太田道灌、連戦連勝で負けを知らないのではないでしょうか。
このようにして、享徳の乱は終結し久方ぶりの安寧がやってきたのですが、当事者である上杉氏や足利氏を取り巻く環境はがらりと変わり、戦国大名の足音がすぐそこまで来てました。
これが関東の戦国時代の始まりであり、今回の展示で知る事が出来る興味深い内容です。
後日談
①上杉氏にとっての救世主、太田道灌はその才能が妬まれ主君に暗殺されてしまいます。
当然、そんな強い人材を失った上杉家の一派(扇谷)はその後没落しました。
②鎌倉公方が古河へと移ってしまったので、関東を治めるために京都から幕府の息のかかった新しい公方が送られてきました。
足利義政の弟である新しい公方は伊豆に留まり掘越公方と称しましたが、その子孫はお家騒動に乗じて北条早雲によって滅ぼされました。
③関東管領は上杉家の一派(山内)により任官され続けますが、北条氏康による河越夜戦などの結果、上杉氏は関東から越後へ落ち延びねばならなくなり、その名跡は長尾景虎、後の上杉謙信へと伝えられる事になりました。
このように室町時代後期の関東地方も非常に熱い時代であり、戦国の世につながる重要な糸を紡いでいたのです。
群馬県立歴史博物館 関東戦国の大乱- 享徳の乱、東国の30年戦争 -
~9/18(月休) 9:30~17:00 一般600円 大高生300円
最寄りバス停は高崎市内循環バスぐるりんの群馬の森です。
田山花袋記念文学館 鉄道がやってきた! [群馬]
各地の観光地が悲鳴を上げているそうです。
遠出ではないにしても、少しお出かけして地域活性化に貢献しないといけないですね。
そんなわけで群馬県館林市に行ったのですが、余震による鉄道の運行停止で出鼻をくじかれ、1時間近くも着くのが遅くなってしまいました。
連日の暖かい陽気により館林の桜は既にほとんど散ってしまっていました。
しかし、館林市はツツジで有名なところです。
観光客はこれからでしょう。
こういう時期だからか散りつつあるためか分かりませんが、桜の木の下には子供連れの家族がいるくらいで、ゆっくりと春を感じられました。
また、桜並木に挟まれた川の上にはたくさんの鯉のぼりが季節を先取りして元気に泳いでいました。
さて、この館林は城下町でもあり田山花袋の生まれ故郷でもあります。
「蒲団」や「田舎教師」を代表作に持つこの自然主義作家を記念して城趾に記念文学館が開設されています。
常設展は田山花袋の一生について解説されているのですが、現在は特別展として「鉄道がやってきた! -『東武鉄道』紀行-」が開催されていて、田山花袋が書いた紀行文を元に昔の東武線沿線の様子などが説明されていました。
一部の資料は東武博物館から借りてきて展示しているようです。
鉄道好きな人を取り込んで観光客を誘致しようというのでしょうか。
田山花袋の作品としてはあまり鉄道に関連づけられたものはなく、強引な印象も受けるのですが、それでも訪れるきっかけになればいいですね。
ちなみに、行った日は展示を見ている間誰も他に客はおらず、完全に貸し切り状態でした。
おまけ
館林周辺はなまず料理で有名だそうです。
市役所前にある「市民レストラン栄」というところでは“なまずの天ぷら”が味わえます。
せっかくなので注文してみましたが、さすが川魚というくらい強い泥の味がします。
味付けとして塩と天つゆが出たのですが、塩だと泥臭さを直に感じてしまいます。
お勧めは天つゆに薬味の大根とショウガを入れるもので、こうすることにより独特のにおいが打ち消され、においを気にせずおいしくいただけます。
ただ、なまずはあえて好きこのんで食べるものではないかもしれませんが…
大地を、地球を味わっているというグローバルな気持ちにはなれるかもしれませんね。
興味がある方はお試しください。
おまけのおまけ
ちなみにこの「市民レストラン」はメニューが豊富でなかなか使えます。
が、メニュー表にとんでもない誤記がありました。
結構使い込まれているようだったので、気づかないのか、気づいて放置なのかわかりませんが、ラストランって・・・
いろんな意味で楽しめます。
田山花袋記念文学館 鉄道がやってきた! -『東武鉄道』紀行-
~6/30(月休) 9:00~16:30 210円 (5/13は花袋忌で無料です)
近くに田山花袋の旧居もあります。
最寄りバス停はつゝじ観光バスの子ども科学館前です。
伊勢崎市華蔵寺公園 C61復活へ [群馬]
あけましておめでとうございます。
近頃は鉄道ブームであり、各地の蒸気機関車(SL)も賑わっているようです。
関東だと秩父鉄道や真岡鉄道が有名ですね。
某国土交通大臣もSL好きだそうです。
JR東日本にもD51などのSLがありますが、人気であることと先日のボイラー事故での運行支障などから追加のSLを調達することが発表されました。
そこで各地の公園などに飾られているSLを調べて走れそうなものを選んだ結果、伊勢崎市華蔵寺公園のC61が選ばれました。
なんとこのC61-20は36年ぶりの復活になるようです。
運命の転機は突然やって来るんですね。
C61はD51とC57という2種類の機関車を合わせて作られたものだそうで、復活すれば全国唯一のものになります。
復活は先のことですが、どんな姿で走ってくれるのか楽しみですね。
華蔵寺公園は伊勢崎駅の北方にある公園でなんと入場無料です。
もちろん乗り物に乗るにはお金はかかりますが、SLを見るだけなら無料です。
あと少しの間だけ華蔵寺公園に置いてあるので是非見てみてください。
なお、1/6までは運転台の公開も行われています。
それ以外にもイベントが盛りだくさんです。
華蔵寺公園 9:30~16:30
最寄りバス停は伊勢崎市営バスの華蔵寺公園東、もしくは華蔵寺公園南です。
本数は少ないですが、なんとこの市営バスの運賃は無料です
伊勢崎市のそのような無料政策は非常にありがたいです
話題の 吾妻峡 [群馬]
新しい民主党政権が誕生し注目を浴びている吾妻峡にこの春行っていました。
半年前ですがその時はこんなに話題に上がる場所になろうとは思いもしませんでした。
吾妻峡とは八ッ場ダム建設によって湖底へと沈んでしまう名勝です。
八ッ場ダムは建設中止ということで揉めていますね。
実際に写真中にも二枚目の川の脇に工事現場が出来ていました。
最寄り駅は湖底に沈むことになっていた川原湯温泉駅でした。
もう移転が始まっていたのか、ひっそりとしていた印象でした。
行ったときは三月ということもあり木々には葉がなく遠くまで見渡せる感じでした。
また、このときは吾妻峡自体には入ることが出来ませんでした。
周辺はひっそりと寂しく、とても夜はうろうろ出来るところではありません。
冬季は立ち入り禁止となるようです。
五月に行った人の話によるとその時は鬱蒼としていたそうで、冬と春夏ではまた印象が違うでしょう。
今回の建設中止で吾妻峡自体は残りそうですが、街が沈み、道が沈み、鉄道が沈む予定だったためにその代替として集落や橋が既に作られていました。
これらは巨大な遺物となるのでしょうか。
幸い、ダム本体はまだ形を成しては、いないようですが・・・
ちなみに、この吾妻峡の傍らに日本一短いトンネルの「樽沢トンネル」があります